第7章 脂肪摂取と死亡リスク
日本ローカーボ食研究会代表理事
灰本クリニック 院長 医師 灰本 元
ローカーボは糖質摂取を減らして脂質摂取を増やす食事療法という定義を何度も述べてきましたが、患者からはいつものように、
1)脂肪をたくさん食べて大丈夫なのか?
2)動物性脂肪でなく植物性脂肪を食べたほうがよいか?
という疑問が出ます。それも無理からぬことで、最近の数十年間、医学界でもマスコミもあらゆる場面で「脂質を食べることは悪」であるかのように宣伝されているからです。内臓脂肪の増加には糖質の摂取とインスリンの分泌が必要であることには触れず、脂肪を食べるとそのまま内臓脂肪が増えるという思い込みも手伝っています。さらに、エゴマ油、オリーブ油などが健康によいという根拠が必ずしも確かでない健康志向の宣伝がテレビのショッピング番組で繰り返し放映されていること等も影響しています。
果たして脂肪摂取は本当に危険なのでしょうか?この問いに科学的な答えが出始めたのは2010年頃からで、脂肪摂取と死亡リスクの関係を調査した大規模研究は現在までにまだ4件しかありません(スウェーデン、スペイン、日本)。そのうち二件は日本の研究で、岐阜大学の「高山研究」と名古屋大学の「JACC研究」です。ここでは日本の二つの研究を紹介します。
「高山研究」では岐阜大学永田千里教授らが約3万人の高山市の住民を16年追跡しました(2012年発表)。脂質摂取の一番少ない人たちを1.0とすると最も多い人たちの総死亡リスクは0.75、つまり最も多く食べる人たちは少ない人たちに比べて25%も死亡リスクが低いことがわかりました(図7右)。
とくに癌と肺炎など呼吸器疾患による死亡が減りました。ただし,これは男性だけの話で女性では脂質摂取量と死亡に関係は見られませんでした。一方,名古屋大若井建志教授らは6万人を19年追跡し脂質摂取量を少ない方から順に1群から5群までに分けて解析したところ、女性では第4群(脂質摂取が多い方から2番目)で最も死亡リスクが減っているものの、男性では脂質摂取量と死亡リスクに関係が無いことを明らかにしました(2014年発表)(図7左)。
当院の糖尿病初診患者の調査では、1日の脂質摂取量は16~100gに分布しており、1日の平均的摂取量は男で60g、女で54gであることが判りました。岐阜大の結果も名大の結果も、男女の違いはあるものの重要な点は脂肪摂取量が現在の日本人の平均よりも多い人たち、つまり1日70~80gを食べる人で死亡リスクが少ないことです。この二つの研究によって日本人の栄養摂取基準が改められ(死亡エネルギー比30%まで、現在の日本人の平均は23%)、“もっと脂質を食べるべき”と変わりました。
このように、長らく続いた“脂質悪玉説”は最近5年間の大規模研究によって見事に覆されたのです。ちなみに、スウェーデン人では脂質摂取量が一番少ない人でも日本人の最も多い群より多いのですが、脂質を日本人平均の2倍以上食べても死亡リスクには影響しないことがわかっています。
脂質摂取が増えると、すべての脂肪、つまり動物性脂肪も植物性脂肪もその摂取が増えます。専門的には飽和脂肪酸、多価不飽和脂肪酸、単価不飽和脂肪酸のすべてが増えます。世界の4つの研究で脂肪酸の種類別に死亡リスクが調べられていますが、動物性脂肪が増えても植物性脂肪が増えても死亡リスクには関係しないこいとがわかっています。参考に日本人の飽和脂肪酸の摂取と心血管死リスクとの関係を示したグラフも載せました(図7-2)。
これをみると、豚肉、牛肉、卵に多く含まれる飽和脂肪酸を食べれば食べるほど心血管障害(脳梗塞、脳出血、心筋梗塞)による死亡リスクはかえって減ることがわかります。