日本ローカーボ食研究会

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甜菜の歴史

甜菜の歴史
砂糖の記事の続編です

安井医院 医師 安井廣迪 記

 1790年代の後半、フランス革命後の混乱を収拾し、次第に権力を自身に集中させつつあったナポレオン・ボナパルト(1769 – 1821)は、その当時産業革命中であったイギリスを封じ込め、ヨーロッパ各国をフランスと通商させてヨーロッパ大陸の経済を支配しようとし、1806年にイギリスに対して経済封鎖令を発令しました。

そのため、フランスを含め、大陸側はイギリスからの製品が入らなくなって困りましたが、中でも砂糖の供給がなくなったことが大きな打撃でした。それまで、カリブ海を主生産地とした甘蔗(サトウキビ)による砂糖の流通は、イギリスが握っていたのです。そこで、砂糖の自給を目的とし、ヨーロッパ各地に甜菜(Beta vulgaris ssp. Vulgaris)が栽培され、甜菜を材料とする製糖業が広まりました。
さて、では甜菜はなぜこの時に突然登場したのでしょうか。
甜菜の栽培は、実は紀元前6世紀頃から行われていたのですが、このころは根ではなく葉を食用としていました。それまで、甜菜の根から甘い汁が出ることは分かっていましたが、これが、さとうキビから採れる砂糖と同じ成分であることは知られていなかったのです。
その後、15世紀になって、根部が肥大した飼料用種が栽培され始め、1745年にドイツの化学者アンドレアス・マルクグラーフ (1709-1782) が、飼料用の甜菜から砂糖を分離しました。さらに、マルクグラーフの弟子のフランツ・アシャール (1753-1821) が砂糖の製造試験に成功し、1802年に製糖工場を建設したのが、ちょうど時期的にナポレオンに幸いしたのです。
以後、ヨーロッパでは甜菜の栽培が盛んになり、それを使った甜菜糖業が広まりました。1850年ごろになると、甜菜糖業の基礎が確立され、根中糖分は、もともと1%にも満たなかったものが、育種により20%近くまで上昇して収量もよくなりました。
現在の甜菜糖の総生産量は、約228.200万トンですが、そのうちフランスが35.200万トン(約15.5%)で世界第1位なのは、ナポレオン以来の歴史があるからです。ちなみに2位はアメリカの27000万トン、3位はドイツの25.900万トンと続いています。 

2.jpgマルクグラーフ

07036001d3a66344c7b7191420f03b78.jpgアシャール

続く

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